常設宿泊施設「平戸城 CASTLE STAY懐柔櫓」の挑戦 〜「城泊」から広がる地域振興の可能性〜
今回は、長崎県平戸市における城泊の取り組みを紹介する連載記事の第2弾です。
第1弾をお読みでない方は、こちらを先にお読みください。
取材・文/萩原さちこ
2021年4月に開業した「平戸城 懐柔櫓CASTLE STAY」。日本の城における初の常設宿泊施設が誕生した経緯や今後の課題を、管理・運営する株式会社狼煙 代表取締役の鞍掛斉也さんに伺いました。
2021年4月に開業した「平戸城 懐柔櫓CASTLE STAY」(提供:株式会社狼煙)
城内イベントが「城泊」のヒント
――斬新なプロジェクトの発端は?
狼煙 鞍掛さん:
「城に泊まる」という発想そのものは、吉本興業が全国47都道府県で実施した「あなたの街に“住みます”プロジェクト」で経験がありました。平戸市観光商工部観光課が担当したこの企画で、2012年4〜8月の3カ月間、吉本興業所属の男性芸人が平戸城内の北虎口門で生活したことがあったのです。
一方で、それ以前から平戸市では観光客の減少が大きな問題でした。平戸大橋が開通した1977(昭和53)年に198万人だった観光客は、2019(令和元)年には177万人にまで減少。1981(昭和56)年には23万6,000人だった平戸城の来場者数も、2019(令和元)年には約7万人まで落ち込んでいました。根幹産業のひとつである観光を復活させることは、平戸市が抱える大きな課題でした。
――インバウンド活性化事業のイベントが、城泊事業化の引き金になったとか。
狼煙 鞍掛さん:
2017(平成29)年に平戸市が推進した「平戸城キャッスルステイ無料宿泊イベント」の反響が、プロジェクト発動の決定打となりました。海外メディアで紹介されたこともあり、1組限定の募集にもかかわらず、国内外から約7,500組の応募が殺到。この結果により、平戸市は城泊が外国人観光客を呼び込む起爆剤になると判断。本腰を入れて事業化を推進することになりました。
不可能を可能にする体制づくり
――「懐柔櫓の老朽化による改修の必要性」と「城に宿泊するという新事業の立案」、並行する事案が重なり実現した、と。
狼煙 鞍掛さん:
懐柔櫓は天守とともに1962(昭和37)年に建てられた、築50年を超えて改修の必要に迫られていました。そのタイミングで城泊事業化の事案も進んでおり、城泊を前提に大規模な改修に踏み切ることになりました。
改修前の懐柔櫓内部。(提供:株式会社狼煙)
改修後の懐柔櫓内部。(提供:株式会社狼煙狼煙)
――どのような体制づくりを?
狼煙 鞍掛さん:
平戸市による平戸城懐柔櫓宿泊施設化改修・運営事業の募集がはじまり、Kessha株式会社、日本航空株式会社、株式会社アトリエ・天工人の3社が平戸城「城泊」JVを立ち上げて応募し、競争プレゼンを実施。採択後、平戸市と協定を結んで進められました。
それぞれが持つ特性を生かしながら役割分担して取り組め、効率的。具体的には、施設の設計・監理を株式会社アトリエ・天工人、プロモーション・送客を日本航空株式会社が担当。全体のプロデュースや施設運営は、新たに設立された株式会社狼煙が行っています。天守や懐柔櫓などの指定管理も、株式会社狼煙です。こうした連携はとても重要で、成功のカギのひとつといえると思います。
平戸城「城泊」JV協定書締結の様子。(提供:株式会社狼煙)
ホテル化の背景にある、法制度整理の難しさ
――城内の施設をホテル化した珍しいケース。法制度の整理に苦心したのでは?
狼煙 鞍掛さん:
懐柔櫓はもともと文化財ではないため、大規模なリフォームが叶いました。改修費は、耐震補強など含めて約1億2,000万円です。しかし旅館業法許可を取得して取り組んだため、バスルーム、トイレ2か所、キッチン、空調など水回りや消防設備の設置が必要で、これらの許可取得はかなり大変だったと思います。浄化槽の設置も必要ですから、埋蔵文化財がないかなどの確認も平戸市により行われました。
秘訣は地域との連携、目指すは長期滞在の拠点
――これまでの道のりで感じた、成功のカギは?
狼煙 鞍掛さん:
城を観光資源として有効活用することで地域振興につなげるのが、この事業の目指すところです。地域の歴史や文化を継承し、地域を活性化させていくことを目的としています。地域のことは地域の方から教えていただかなければならず、協力なくしての前進はありえません。地域の方々から否定的なご意見もありましたが、現在では理解していただける方も増えてきました。
――今後の課題、展望は?
狼煙 鞍掛さん:
平戸は決して交通アクセスがよい場所ではありません。裏を返せば、通過型観光から滞在型観光へシフトできるポテンシャルも秘めています。せっかく時間と労力をかけて訪れていただいたのだから、隅々まで堪能してもらえるようにできれば。長期滞在してもらうためには、観光コンテンツの拡充が不可欠。この点が今後の最重要課題です。
平戸には、江戸時代の面影を残す城下町もあれば、世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産もあります。海に面した開かれば土地柄、伝統や風習、文化や景観もさまざまです。魅力的な観光コンテンツはたくさんありますから、平戸島を回遊する拠点をつくり、見逃されているコンテンツを磨いて新たな観光モデルを創成したいですね。その一環として、漁村での農泊事業の取り組みも進めています。
「城泊」から広がる、さまざまな可能性
――早くも地域活性化を実感しているとか。
狼煙 鞍掛さん:
新型コロナウイルスの影響もありまだ宿泊例はありませんが、施設のオープンには至ったことで、少しずつ地域に動きが出始めたのはうれしいところです。
たとえば、地域の和菓子店が新商品を開発して提案してくれたり。地域の方が自ら手を挙げてくれるのは、大きな一歩。こうした積み重ねが地域貢献につながると信じています。地元の職人さんが、失われた文化を再興してくれるかもしれませんし。地域振興につながるよう、地域のみなさんとともにPRを続けていきたいと思っています。
――企業や団体との提携も広がるのでは?
狼煙 鞍掛さん:
商品開発が活発化して高品質化できれば、企業と提携でき、全国展開も現実になります。少しずつですが、こうした動きもあります。企業とコラボレートすることで、平戸ブランドの確立にもつなげていきたいです。
観光面では、長崎県の観光関係団体や九州観光推進機構などとも連携して、PRを含めた取り組みを進めているところです。他都市と連携すれば、単独ではカバーできないウィークポイントを魅力に変えていくことも可能。たとえば今、観光船を持つ他都市と連携した船旅を企画しています。平戸の交通アクセスの悪さをカバーできるだけでなく、海に面した長崎の地形、外交の窓口だった歴史を体感できるスペシャルなコンテンツになると考えています。
平戸城天守から臨む海。(提供:株式会社狼煙)
平戸城も引き続き進化
――平戸城や懐柔櫓の今後は?
狼煙 鞍掛さん:
城内や周辺施設の充実も重要課題です。一軒家のような構造の懐柔櫓はホテルとしてはスペースの制約があり、たとえばキッチンもシェフがスムーズに料理を提供するにはやや難があります。また、宿泊する空間に配膳係が立ち入るのを嫌うお客様がいるかもしれません。そうした問題を解消するためにも、食事を提供できる空間を新たに創設したいと考えています。宿泊者だけでなく平戸城や平戸を訪れる一般の観光客も利用できるレストランであれば、平戸の食を広く発信できる場になります。やはり、根幹にあるのは地域振興。常に現在進行形で、平戸の原石を磨き上げ続けていきたいですね。