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天守を貸し切りに!夢の城主体験「大洲城キャッスルステイ」 の魅力 〜歴史・文化・食を堪能できる、日本初の「城泊」とは〜

今回から3記事連載で、城泊に取り組む地域の様子をお伝えしていきます。今回取材いただいたのは、城郭ライターとしてご活躍されている萩原さちこさんです。


1日城主という極上体験

天守を貸し切り、城主気分で一晩を過ごすー。
「大洲城キャッスルステイ」は、誰もが描きながら日本の常識では叶わなかった夢を実現したスペシャルな体験プログラムです。2020年7月のスタート直後から各メディアにも取り上げられ、大きな話題に。1泊100万からという高額な価格設定ながら2020年度は4組が宿泊し、ニーズの高さも証明しています。

大きな特徴は、文化財や施設の文化的価値を下げる改造は一切せずにそのまま活用していること。日中はこれまで通り観光客向けに一般開放し、観覧時間外となる夜間のみを宿泊施設として活用。宿泊受付可能日も年間30日程度に限定されます。

「見るだけだった城」から「体験する城」へ。「天守に泊まる」という日本初の取り組みは、文化財活用の常識に一石を投じ、日本の観光に新風を巻き起こす事例となりそうです。商業的思考の単発的なイベントではなく、文化財や地域資源の維持・活用、地域活性化を想定した包括的かつ持続的なプロジェクトであることがポイントです。


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大洲城。中央の天守に宿泊できる。(撮影:萩原さちこ)


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肱川越しに見る大洲城。(撮影:萩原さちこ)


文化的価値を維持した新発想の「活用」

まず、大洲城の天守を宿泊施設として開放するという発想の斬新さに驚きます。なぜなら大前提として、大洲城天守は文化的価値の高い建造物であるからです。

大洲城の天守は2004(平成16)年に木造で復元された建物ですが、そもそもこれがすごいこと。忠実に復元できる天守は全国でも少なく、金銭面に余裕があっても叶いません。復元の資料となる史料や古い写真、丹念な調査・研究の成果が不可欠だからです。大洲城には、全国で8点しか製作されていないとされる天守模型のひとつ、天守雛形が奇跡的に残存。ほか、豊富な資料により構造が解明されたことで忠実な復元が叶っています。

資材や伝統工法にもこだわり、市民が一体となって築き上げた経緯もあります。「復元天守はしょせんレプリカ」と感じる人もいるかもしれませんが、復元できたのも、江戸時代から積み重ねられた歴史があってこそ。築造年が浅くとも、大洲のアイコンといえる価値ある文化財なのです。

そのすばらしさは、宿泊せずとも訪れれば理解できるはずです。肱川のほとりに建つ天守は、珍しい四重四階。内部も独創的で、天守中央付近には1階から3階の床下まで心柱が貫き、1〜2階は解放的な吹き抜け空間になっています。天守から望む見事な景観、心地よい風も最高。訪れた人々の高い満足度が魅力を物語ります。その空間を一晩中独占できるのですから贅沢極まりなく、想像するだけで、眠れそうもありません。


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大洲城の復元資料となった「天守雛形」。(提供:大洲市)


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明治初年に撮影された古写真も復元の大きな手がかりとなった。(提供:大洲市)


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肱川越しに見る、現在の大洲城天守。(撮影:萩原さちこ)


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天守内部。史実に沿って板戸を再現。(撮影:萩原さちこ)


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天守1階。心柱が貫き、開放的な吹き抜け空間になっている。(撮影:萩原さちこ)


高い満足度につながる「ストーリー」

城主に扮した入城体験は1617(元和3)年に加藤貞泰が入城した場面を想定。『積塵邦語』に記載された、加藤貞泰が陸路を馬で大洲城に入ったという史実をもとにしているからです。城主の号令で鉄砲隊が祝砲を放つダイナミックな演出など、盛大な出迎えを受ければ城主気分もマックスに。古代から継承される、大洲雅楽などの伝統芸能も鑑賞できます。

「大洲城キャッスルステイ」の魅力のひとつは、この「ストーリー性の高さ」です。江戸時代らしい雰囲気や城に合いそうな演出なんとなく寄せ集めるのではなく、ひとつひとつのコンテンツに大洲の歴史と文化・伝統の物語が集約されています。設定した時代に合うかをしっかりと時代考証し、学術的な根拠を踏まえながら、最上のおもてなしとなるようアレンジされています。

だから、快適な大洲城ステイを通して、物語の世界へ誘われるように心地よく大洲の歴史文化に触れられるのです。まさに江戸時代の大洲藩へのタイムトリップ。五感に響く、リアルな追体験ができます。


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史実に沿って再現した、城主に扮した入城体験。(提供:バリューマネジメント株式会社)


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鉄砲隊が祝砲を放つ演出も。(提供:バリューマネジメント株式会社)


天守にも、細やかなこだわり演出が

天守1階を寝所としているのも、加藤貞泰が寛ぎの時間を過ごしたならここである可能性が高いと想定してのこと。江戸初期の絵図『大洲御城地割』には、本丸に「御上」、「御風呂屋」という建物が記され、加藤貞泰の入城時は本丸に生活の場を設け、「御天守」と「御上」などを実用的に使用していた可能性があります。城主が天守で寝食したとは考えにくいものの、もし訪れるならば天守内でもっとも開放的な吹き抜け空間である1階であるはず。そんな想像も楽しめるようにこの場所が選ばれています。城主気分がぐんと高まります。

ちなみに、天守に付属する現存建造物の台所櫓は「台所」と記され、1階に土間や煙出し用の格子窓などがあることから、炊事場や食料保管庫として機能していたようです。

台所櫓とともに江戸時代から残る高欄櫓は、高欄(回廊(回縁)に取り付けられた手すり)がつく、全国的にも珍しい櫓。戦闘的な施設ではなく、娯楽目的の櫓だったのでしょう。窓際で腰を下ろせば、大きな窓の外にはちょうど月が浮かぶそう。高欄櫓は観月に使われた風流な建物だったのかもしれません。

そんな江戸時代にタイムスリップしたかのような体験ができるのもうれしいところ。「大洲城キャッスルステイ」では、国指定の重要文化財であるこの高欄櫓が夕食会場になります。そして夕食後には、大洲のお酒を味わいながら穏やかな時間を過ごせる贅沢なバーラウンジへと変貌します。


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江戸時代から残る、国指定重要文化財の台所櫓(右)。(撮影:萩原さちこ)


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天守1階が、城主のベッドルームに。(提供:バリューマネジメント株式会社)


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天守に付属する国指定重要文化財の台所櫓(右)も貸切に。(撮影:萩原さちこ)


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夕食は、高欄櫓で。食後には寛ぎの空間にも。(提供:バリューマネジメント株式会社)



「古き良きもの」に触れられる、現代風アレンジ

もちろん、厳密には完全な再現は不可能です。史実に拘りすぎることで、快適さから遠ざかってしまっては宿泊施設として本末転倒です。

たとえば、夕食は加藤貞泰が食したとされる『大洲秘録』に記載された献立を取り入れていますが、調味料のなかった江戸時代の料理を忠実に再現してもおいしくはなく、特別な一夜のディナーにはふさわしくありません。そこで、共同運営する「NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町」でも腕を奮う一流シェフが現代の調理法を駆使。地元産の食材を厳選し、現代の城主にふさわしい最上級の特別料理を提供してくれます。

入城時に乗る馬も、加藤貞泰の時代を忠実に再現するなら日本在来馬でなければなりません。しかし、記念撮影時の見栄えや安全面を考慮して、スラリと足が長く美しいサラブレッドにしています。

こうしたきめ細やかな配慮やアレンジこそ、何よりの贅沢。「古いものに対する美意識を大切に、古いものが古いまま残っていること」も、「大洲城キャッスルステイ」のコンセプト。古いものと新しいもののバランスが絶妙なのです。

城主体験を通じて、何を伝えたいのか。あらゆる角度から検討し、見極め、優先順位をつけていく。大洲でしかできない旅への徹底した姿勢が、完成度の高さに直結しているように感じます。それは、歴史の片鱗を磨き上げるような細やかな作業。ていねいな作業が、オンリーワンのおもてなしに転換されているのでしょう。


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加藤貞泰が食したとされる献立をもとにした特別メニュー。(提供:一般社団法人キタ・マネジメント)


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大洲の食材を厳選した、一流シェフが手がける品々が並ぶ。(提供:バリューマネジメント株式会社)


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朝食も、肱川を眺めながら優雅に。(提供:一般社団法人キタ・マネジメント)


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食事会場となる臥龍山荘。(提供:一般社団法人キタ・マネジメント)


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朝食会場は、国指定の重要文化財の臥龍山荘。(撮影:萩原さちこ)


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臥龍山荘の茶室で優雅なひとときも。(撮影:萩原さちこ)


センス抜群の空間設計、地域ブランドの確立も

今回の取材で驚いたのは、宿泊者専用の「キャッスルラウンジ」のすばらしさです。一歩足を踏み入れれば、非日常的なラグジュアリー空間が広がります。それほど広くはないものの、ゆったりとしたひとときを過ごすには十分です。滞在の快適さを追求しつつ、古建築とマッチする現代インテリアを取り入れて、落ち着いた空間を創造。調度品や照明が風合いを一層引き立てて、古き良きものに静かに向き合える落ち着いた空間が生み出されています。

居心地のよい空間を彩るのは、砥部焼をはじめ、伊予の職人が手掛けた調度品。インテリアのセンスも抜群です。バスタブはライトアップされた幻想的を天守を独り占めできるよう配置され、窓枠が額縁のように絶景を切り取ります。

アメニティは、大洲産の「おおず繭」のつくり手が手がけた国産シルクを利用した「SILMORE」シリーズ。たっぷり使える大容量も、細やかな気配りが感じられてうれしいところです。オーガニックコットンを100%使用した「IKEUCHI ORGANIC」の今治タオル、ローブ、ナイトウエアも用意されています。

これらの製品は城下町などで購入でき、すでに人気を博し、地域ブランドの確立に一役買っているようです。地元産の特産・名産でこれほどのおもてなしができることに、大洲市民も驚くのではないでしょうか。

このキャッスルラウンジ、実はこれまで何度か大洲城を訪れてもどこに建設されたのかわかりませんでした。天守が望める絶好の場所にあるのですが、柵も城内の雰囲気に溶け込んでいて、おそらく観光客は気づきません。城内の景観を壊さない空間への配慮、設計力の高さにも感心しました。


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宿泊者専用の「キャッスルラウンジ」(撮影:萩原さちこ)


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バスルーム。窓の外には天守を一望(撮影:萩原さちこ)


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特別城主だけの特等席。(提供:バリューマネジメント株式会社)


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砥部焼などの伊予の調度品も(撮影:萩原さちこ)


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砥部焼などの伊予の調度品も(撮影:萩原さちこ)


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 夜は、ライトアップされた天守を独占。(提供:バリューマネジメント株式会社)


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アメニティは「おおず繭」を使った「SILMORE」シリーズ。(撮影:萩原さちこ)


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アメニティやタオルにも大洲ならではのこだわりが。(提供:バリューマネジメント株式会社)


風土・歴史・文化を、丸ごと伝えるおもてなし

大洲の風土・歴史・文化を堪能できることも、「大洲城キャッスルステイ」の大きな魅力です。

大洲城天守には夕方の閉館時間以降でなければ入れないため、大洲を訪れてからチェックインするまでどうしても空き時間ができてしまいます。そこで、その時間を有効活用し、コンシェルジュが特別なプログラムを提案。通過型の城ステイで終わることなく、大洲の風土や文化を存分に体感できる滞在型の観光が叶います。もちろん、2日目の朝食後の旅のプランもアレンジしてくれます。

「日本三大鵜飼」のひとつ「大洲の鵜飼」が催される肱川を遊覧船で過ごすひとときは、水郷として栄えた大洲を知ることができる贅沢なプログラム。川舟でシャンパンを楽しむこともできます。エメラルドグリーンに輝く川面から大洲城天守を見上げるのも一興です。

大洲藩2代藩主の加藤泰興が再興した加藤家の菩提寺・如法寺や、「古事記」にも登場する少彦名神社など、大洲の文化遺産をめぐることも。江戸時代の町割りがよく残り明治時代の家屋が点在する城下町探訪や、朝食会場でもある臥龍山荘の散策も、息づく歴史が感じられるプレミアムな体験です。


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肱川遊びプログラム。(提供:バリューマネジメント株式会社)


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加藤家の菩提寺・如法寺などの史跡めぐりも充実。(提供:バリューマネジメント株式会社)


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臥龍淵に臨む別荘、臥龍山荘の茶室。(撮影:萩原さちこ)


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朝食後は臥龍山荘の散策も。(撮影:萩原さちこ)


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江戸時代の町並みや明治時代の建物が残る、大洲城下町。(提供:バリューマネジメント株式会社)



まちづくりをベースに、「連携」で未来へつなぐ

そもそも「大洲城キャッスルステイ」は、「地域資源の保全とまちづくり」が発端のプロジェクト。地域資源を活かして町全体を楽しめるよう創生されています。連泊やゲストが多い場合などに宿泊できる城下町ホテル「NIPPONIA HOTEL 大洲城下町」も、その一環。城下町に点在する町家・古民家をリノベーションして客室にした滞在型ホテルで、開業以来人気を博しています。きめ細やかなサービス、ホスピタリティの高さは、企業や団体との連携があってこそ成せるのでしょう。

イタリアで定着している「アルベルゴ・ディフーゾ(「分散したホテル」の意。町に点在する空き家を分散して機能させ、町をまるごと活性化するもの)」を体現したような「大洲城キャッスルステイ」事業は、日本の文化財活用の新たなモデルケースとなりそうな画期的な事例といえそうです。

取り組みの経緯やコンセプトは、<「大洲城キャッスルステイ」実現の道のりと課題 〜「城泊」を中心としたまちづくり、成功の秘訣とは〜 大洲城キャッスルステイ②>で詳しくお伝えしましょう。

取材・文/萩原さちこ

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