天守がなくても開拓できる「城泊」と体験型観光コンテンツ〜「平戸城 CASTLE STAY懐柔櫓」取材後記〜
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天守がなくても開拓できる「城泊」と体験型観光コンテンツ〜「平戸城 CASTLE STAY懐柔櫓」取材後記〜

今回が長崎県平戸市における城泊の取り組み紹介記事の最終回です。

第1回はこちら。


第2回はこちら。



取材・文/萩原さちこ


「天守のない城」の価値をどう見出すか

「平戸城 CASTLE STAY懐柔櫓」は、象徴的な天守や重要文化財がない城でも城を活用した観光プロジェクトを実現できる事例となりました。ホテル化を前提に櫓を改修できるケースは異例ですが、活用のヒントは多くあるのではないでしょうか。

重要なのは「建物が残っているかどうか」ではなく、城や地域の文化的な価値をどれだけ理解し、守り、伝えていくか。城というと天守を連想しがちですが、城の価値は存在そのものにあります。城を中心として育まれた、地域の歴史や文化がかけがえのない遺産なのです。


平戸城で考える、観光ストーリーの創成

地域には必ず歴史があります。当たり前のことですが、地域の歴史を俯瞰的に見ることは思いのほか難しく、客観的に独自性を認識している地域は少ないように感じます。個性を生かした観光ストーリー創成の難しさはそこにあるのかもしれません。

そうした観点で考えると、平戸は観光につなげやすい特異な地形と歴史・文化があるポテンシャルの高い地域と感じました。

オランダ商館の移転まで外交の窓口だったことは地勢を語る上で欠かせず、今も内陸にはない独特の文化と雰囲気があります。平戸銘菓のカスドースも、この地域だからこそ生まれたもの。鎖国中の唯一の窓口だった出島からは長崎街道が通じ、長崎警備や参勤交代、オランダ商館長の江戸参府、品々が往来。それにより生まれた文化のひとつが砂糖文化です。

戦国時代から江戸時代まで松浦家が支配し続けたことも、特殊であり重要です。松浦党から戦国大名となった松浦氏がこれだけ勢力を伸張できたのは、海外交易による経済的発展と武器輸入が背景にあったからでしょう。外交に通じていたのも、文化人として一流であったからかもしれません。同じく長崎県の対馬藩宗氏と比較するとおもしろそうです。

平戸城にまつわる事柄でいえば、1613(慶長18)年に松浦鎮信(法印)が自ら焼き払った後、松浦棟が元禄17(1704)年に再建したことは大きな着目点です。1615(元和元)年の武家諸法度の公布以降の再建は、全国的に共通項のある特例。江戸中期の平戸藩の社会的立場が読み解けます。

そして、江戸初期の九州の城と歴史を考える上では、島原・天草一揆は絶対に外せません。一揆終息後の幕府の動きは平戸藩の歴史に大きく影響し、それまでとは別の豊かさを育て上げる大きな転機といえます。その要因は地の利であり、平戸観光の考える上で重要なポイントともいえるのでしょう。平戸には世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産もあり、観光ストーリーの軸のひとつにできそうです。


見奏櫓に感じた、平戸らしい演出

現地取材では「城泊」の宿泊施設となる懐柔櫓の内部は見学できませんでした。そのため懐柔櫓については感想を語れませんが、一般公開されている見奏櫓の2階は長崎らしい空間づくりがされており印象的でした。

ヨーロッパを連想させる休憩用のテーブルとチェア、壁には「回遊浪漫物語図屏風」なる絵が飾られ、歴史が苦手な観光客や日本語がわからない外国人観光客でも、海に面した貿易都市だったことが感覚的に伝わります。ヨーロッパ向けの輸出品としてつくられた「螺鈿蒔絵宝づくし文箪笥」も展示され、少なくとも京都や江戸とは違う文化が根付いていたことはわかるでしょう。

こうした部分が伝わってこそ、文化融合都市の景観が生きてきます。史実に忠実であるかどうかはさておき、このような地域限定の雰囲気づくりは観光においてとても大事なポイントになるのではないでしょうか。江戸初期の平戸城天守が描かれたモンタヌス編纂の「日本史:オランダ東インド会社遣日使節記」も、想像上の描写で学術的には認められません。しかし、観光コンテンツとしてなら有効活用できるように思います。

「平戸城 CASTLE STAY 懐柔櫓」では、これから観光コンテンツを拡充していくとのこと。平戸城ならでは長崎ならではの個性を生かし、地域の歴史と文化の継承にこだわったコンテンツが増えることを期待します。


景観にも理由、磨け上げれば独自コンテンツに

全国的に、「城からの景色の美しさ」にも必ず意味があります。戦国時代でも江戸時代でも、海に面した城は理由がなければ築かれません。厳密にいえば、海に面した立地にも築かれた時代や社会背景により違いがあります。

これから城を観光コンテンツとして活用する場合、景色を活かすケースは全国的に増えるでしょう。その理由を追求することも、有効な活用の一歩になるように思います。

どの地域も、城を中心に社会ができ、発展し、文化が生まれます。その積み重ねが現在です。城があった場所を利用するだけでは土地活用にしかなりません。目に見えない地域の宝を丹念に磨き上げることが「活用」の必須条件となることを願わずにいられません。そして、かけがえのないその価値が地域住民に伝わるものであることを祈ります。

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